生きることを選ぶのは、生命自身である。

意識回復の被害者「助けて」と叫ぶ 相模原殺傷(朝日新聞デジタル) – Yahoo!ニュース http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160727-00000087-asahi-soci

悪意に満ちた凶器に傷つけられた瞬間、薄れる意識の中で、声に出せなかった「助けて!」の言葉。一瞬で凍りついて、脳のどこかにそのまましまわれたのだろうか。

出血した被害者は身体の血液の3/4を失っていたという。生命の維持がぎりぎりの中でも、削除されずに保存されていた言葉、「助けて」。治療を受けて意識を取り戻した瞬間に、解凍されて発された。それはほんとうに、生命の叫びだったのだと思う。そのことに心を動かされた。

生 きたいと思う生命は、生きたいのである。重複障害であるとか、重度心身障害であるとか、生産的であるかどうかは、生きることと全く関係がない。生きるかど うか選ぶのは、生命自身である。生命について、どのような生命が生きるべきかを誰かが理性で選ぶことは、本来的にできない。

そしていのちは「生き返った」とほっとして、「おなかがすいた」と思うのである。

障 害にかかわる領域にいると、意志疎通がまったくできなかったり、全介護の生活であったりして、このような生活の中でこの人は何を思っているのだろう、と思 うことは確かにある。そして障害が軽い人であれば、何がしかの「社会的生産」のレールに乗ることを支援したくなる誘惑が、援助者としてのわたしにはある。 「働かざる者食うべからず」という文化的構えは、教育や慣習によって、いかにも正当なように無意識に刷り込まれている。

しかしそれはほんとうに、生きている生命と関係がない。生命の生きたい衝動は、単に存在する。それが、いのちなんだなと思う。

重症の被害者を複数受け入れ迅速な治療を行った救急センターのスタッフの方々に敬意を表する。

「いつも笑顔でいると結局人は離れる」

朝、何気なくテレビをつけてたら、NHK「助けて!きわめびと」。大人の色気を磨きたい、という悩みのナビゲーターをIKKOさんがやってた。

容 姿や何かをからかわれても、いつも笑顔でやり過ごしてきた相談者に、「いつも笑顔でいるのが問題」と言い切ったIKKOさん。「悲しくても怒っててもそれ を押し隠して笑顔でいると、人は結局離れていくのよ」と。IKKOさんも、悲しくても笑顔で耐えていたところ、仕事がなくなった時期があったそう。きちん と主張することで、信頼も増えたとのこと。

何回も書いているけど、こういう話でいつも思い出すのっ て、黄帝内経の「喜びは心(しん)を傷(やぶ)る」という記述。喜びも過ぎれば空しくなっていくと。怒りは肝を、恐れは腎をやぶるけど、喜びもまた、それ をもって怒りや悲しみを無理に塗りつぶすような使い方をすれば、体と心を傷める。感情はどれも等しく、尊重すべきものだし、過度に偏ってはいけない。

私 もまた、何があってもいつも笑顔でいられないのは自分が至らないからだ、と思って、自責と反動としての他罰の間を揺れ動いてしまうほうなので、やはり感情 全てに目を向けて、断るとか、それは嫌だとか、伝えていかないといけないなと思った。なるべくなら上手く伝えたいけど、下手でも伝えないで抑圧するよりは 良いんだろうな。

あと番組中に出てきた、「自分が酔わなければ、人を酔わせられない」という言葉も心に残りました。自分“に”酔っていてはダメだけど、自分“が”酔うこと、自分を好きになること、自分を美しく振る舞わせ、悲しみも哀愁にまで高めること。それが色気。

ロックで読み解く貧困 (3) 尊厳の貧困 – Aerosmith “Janie’s got a gun”

感情的に不安定で、自分というものの感覚を持てない。いつも自信がなく、他者もしくは場の空気を読み、自分を抑圧しながら、時にその怒りや苦しさを反動で噴出させる。怒りや苦しさを自覚できればいいけれど、それを感じてはいけない、と思うと、その場から「いなくなる」。肉体はそこにいながら、意識はそこにいることをやめて、「抜けてしまう」こと。その時空間に存在することをやめてしまう、それが解離という現象である。
自分自身を振り返ると、幼少期は土も緑もない東京の下町で、閉塞的な空間と人間関係と価値観の中で、喘息発作でいつも疲れており、そこから抜けたくて進学校に進んで医者になったものの、常に自分自身の価値観や欲求とは違う振る舞いと共感と自己犠牲を公的にも私的にも要請され(ていると思い込み)、やはりずっと疲れていた。そうして記憶がいつもくすんでいるというか、よく覚えられなくなった。今振り返ると軽く解離していたような気がする。不惑を越えてようやく、人間には断る権利と表現する権利、共感「しない」権利、自分のしたいことを行為する権利があると腑に落ちた。そうすると、今まではなにやってたんだろうという気持ちとともに、今までとらわれていた数々の苦痛が急に現実感がなく、それらは本当にあったのだろうかという風に感じたりもする。ひとの記憶のリアリティは本来はそんなものなのだろう。現在の感情に多分に修飾されていて、その強さによってリアリティを感じたり感じなかったりする。
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われら対話のまえにひざまずく-「オープンダイアローグとは何か」

遅ればせながら、斎藤環先生の「オープンダイアローグとは何か」を読みました。

オープンダイアローグのラディカルなところって、究極的には治療ていう目的すら手放すところだと思う。対話という巨大な不確実性の宇宙の中で、クライアント本人、家族、セラピスト全員が平等にコントロールを手放す。

コントロールの欲求、欲望、色気のようなものを手放したときに、思いもしない自由がやってくる。

そういう意味で、ドキュメンタリー映画の中で心理士さんが言っていたように、これは政治の問題であり、デモクラシーなんだ、というのはすごくわかる。
治療というのもひとつの政治的枠組みだから。

でもそれを、生きることの肯定に変容させたい。

も ちろんオープンダイアローグもつきつめれば治療ではあるし、実践上はやはり危機対応みたいになることも多いだろう。あと、やはりこれは統合失調症の場合に 一番適するかなと思う。統合失調症の人たちは語りたい人たちだし、聴くだけでよくなることも市井では多々ある。たとえば引きこもりや依存症や摂食障害のよ うに、自分を知りたい人たちは、少し構造に工夫がいるかもしれない。

けれど、全員が同じ場で各自の身体性を持ち寄って、感情を動かす、そこに愛がある、と言い切る、根底にある哲学は好き。

私 自身事象をコントロールしようとしてしまうことがずっと悩みで、できればすべてのコントロールを手放して、その中から何かほんとうに新しい自由がやってく るような、そんなことをしてみたくて、いったん治療という政治的枠組みから離れてみようと思ったわけですが、結局のところ、まあたぶんそれはほんとうは枠 組みよりも姿勢の問題で。

ほんとうのところ、私たちはみんな、ただ生きたいのです。
たぶん、それだけ。

というようなことを今年は恥ずかしがらずに言って、表現していきたいと思います。
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自動化する権力装置とそれを止める個人の声。「それはホロコーストの”リハーサル”だった ~障害者虐殺70年目の真実~」を観た。

今観ていました。以下長文です。

http://www.nhk.or.jp/etv21c/archive

いわゆるT4作戦の歩んだ過程。本当は明文化された法律を持たなかったのにもかかわらず、医療者が優生学を社会のためと信じ、権力者の意向を「忖度」した結果、精神障害者虐殺を肯定し遂行するシステムが作られ、その後は自動的に行われていったこと。

ドイツ精神医学会が正式に認めたのが2010年のことなんですね。しかもその経緯の調査を歴史家に依頼している。

ド イツという国で面白いと思うのは、根底では常に理想主義をドライブとして動いているように思います。優生学もある種の理想主義から信じられていた。「私た ちの子孫に苦しみの遺伝子を残さないこと。治らない病気で苦しむ患者に救済を与えること。社会にこれらの人たちを扶養する経済的負担をこれ以上与えないこ と」手段として正当化されました。一見理があるようにも聞こえるこの言葉。

そしてそれを打ち破るのもまた別の理 想主義だった。ドイツ中西部の都市ミュンスター。信者の家族が殺されているらしいという話を聞いた、司教フォン・ガーレンは、1941年8月3日の説教で 安楽死政策を、「これは単に殺人ではないか」と公然と批判。「非生産的な人たちを殺してよいとするなら、私たちも老いたときに殺されるであろう」という説 教を行いました。これが相当な名文だったようで、他の司教たちが手で書き写し、あっという間に広がった(かつwikipediaでは、連合国軍がビラでば らまいたとのこと)。世間の風向きも変わり、わずか3週後の8月24日にT4作戦は中止となりました。
しかし移送と殺戮のシステムの流れが自動化してできあがった結果、なんと自主的に続ける医療者がいたのは驚き。玉音放送後の特攻を思い出しました。そしてこのときできあがったシステムは、ユダヤの人々のホロコーストにもつながった。

私 は集団の意志決定がどう失敗するのか、ということに興味を持っているのですが、市民が権力者の意向を理想主義的に読みかえ、「忖度」して従っていくことで こういう悲劇の連鎖が自動装置化していく、ところまでは、なんとなくそうなのかなと思っていました。しかしその流れを止めるきっかけが、別の権力装置では なくて、ローマ教皇庁の意向も汲んだ司教とはいえ個人から発された声であり、人々の胸に響く言葉で語られた結果、言葉自体が「感染」するように伝わって いった、ということがとても興味深い。「遺伝子、経済、コスト」といったcountableな尺度だけで作られた一見盤石にみえる理想を、いつか淘汰され る立場に立つ、同じ人間としての感情から発された疑問が揺らがせる。

「ナチス政権でさえ、世論は気にしていたのです」と調査にあたった歴史家。

言葉は発された瞬間に生命を持ちます。それはもう語った人の手を離れ、独自に動き出す。だから言葉は生きたものを放ちたい。

そして「人間の価値を(短期的な)コストで判断し、存在してよいかを決める」というのは今の社会や政治も構造的に似たようなことになっていないかと考えさせられました。