去年(2010年)の9月にベルリンへ病院見学に行きました。
Gemeinschaftskrankenhaus Havelhoehe
http://www.krankenhaus-havelhoehe.de/
(↑病院の看板かと思ったら工事のお知らせでした・・・)
ブログに見学記を書こうかと思っていたのですが、うまくまとめることができなくて、何となくそのままになっていました。でもせっかく見学したので、書いたほうがいいかなと思いました。
Gemeinschaftの意味は、「共同作業の場」というような意味です。
ここでは医師と看護師、薬剤師などのコメディカルスタッフの他に、心理療法士、芸術療法士が主要なスタッフとして勤務しています。スタッフが各自の専門領域における力を結集して、対等に協力して治療に当たる、という意味を込めているようです。
ハーフェルヘーエ病院は、内科(一般内科・消化器・循環器・呼吸器・甲状腺etc)、心身医療科(psychosomatic medicine)、腫瘍科(Oncology)、外科、産婦人科、麻酔科等からなる総合病院です。特に癌の治療と心身医療に力を入れています。
この病院の特徴は、現代医学的な診断と治療に加えて、アントロポゾフィー医学の治療を取り入れている、ということです。
ベルリン郊外にあるこの病院は元々は普通の市民病院でしたが、1995年に経営がベルリン市の非営利事業の部門に委託されました。医療機関の機能的な配置計画の一部だったようです。このときに新しい試みとして、アントロポゾフィー医学による治療が導入されました。
アントロポゾフィー医学は、人智学を創始したルドルフ・シュタイナーと医師イタ・ヴェークマンにより体系化された医学です。80年余りの歴史があり、スイス・ドイツを中心にヨーロッパで発展しています。自然療法的な医薬品による治療と、湿布やリズミカルマッサージなどの看護法、そして芸術療法からなります。
芸術療法には、絵画療法、音楽療法、粘土による彫塑(ちょうそ)、オイリュトミー(動きによる治療。繊細な体操のような感じ)などがあります。
心身医療科の患者さんだけでなく、内科や腫瘍科に入院した患者さんたちも芸術療法を行います。創作に取り組むときに、患者さんの中にある自発的な力があらわれてくる、という考えからです。
病棟内は患者さんたちがいるのでなかなか撮るのが難しかったのですが、絵画療法の部屋はこんな感じ。燦々と陽の入る、うらやましい美しい部屋。
絵画療法について、アートセラピストが説明してくれました。
下の写真の右列は、バセドウ病(甲状腺ホルモンが過剰になる自己免疫疾患)の患者さんの絵画です。
一番上が治療開始時。花を描いた水彩画ですが、輪郭がはっきりせず、色がにじむようなような感じになっています。
アートセラピストによれば、バセドウ病の患者さんはこういうにじんで広がっていくような感じの絵をよく描くそう。甲状腺ホルモンが過剰になると、動悸や発汗、疲れやすさ、不安などの症状が出ますが、症状が重い時の患者さんを実際みると、皮膚がじわっと汗ばみ、水分や何かが「漏れ出ていく」ような感じがします。ので、このように輪郭がにじんで、「漏れ出ていく」ような絵を描くのはなんとなく腑におちます。
そのため、絵画療法での治療は「(漏れ出ないよう)境界をつくる」練習をします。
その過程が下に。下2つはフォルメンといって、形を描く練習です。これを繰り返し描く練習をすることによって、形が意識され、線がはっきりしてきます。その後の水彩が上から2枚目で、最初の絵より、花の丸い形がしっかりと描かれ、輪郭がはっきりしてきています。
このバセドウ病の患者さんの場合は「境界をつくる」という目的で、絵を練習していきました。
下右列は、呼吸器疾患(COPD:慢性閉塞性肺疾患だったと思います)の患者さんの絵です。
一番上が、絵画療法開始時の絵です。色々な色が混じり合ってまだら状におかれていて、ちょっと固い感じがします。バセドウ病の患者さんのじわっと溶けるような絵とくらべると違いがわかると思います。表現が適当かはわかりませんが、私はCOPDの人の粘りのある痰の感じを思い出しました。
この患者さんの場合は、逆に輪郭ははっきり引かずにグラデーションで色を変化させ、絵全体を調和させる練習をします。その成果が下の4枚です。徐々に色の濃淡をつけていき、隣り合う色がやわらかく溶けあいながら移行するようにします。固くなった肺が、ふたたび柔軟さを取り戻し、風船を膨らますようになめらかな呼吸ができるように、というイメージです。
治療の方向性は、疾患というより個々の患者さんに合わせて決定されます。
しかし、疾患ごとに特徴のようなものが絵にもあらわれていて、面白いです。
病気の中にある「動き」が、患者さんの精神的にも、身体的にも、表現の中にも、あらわれてくる、という考えの上に、芸術療法は考えられています。
もちろん、芸術療法だけで病気が治るわけではありません。現代医学の治療もあわせて行います。
ただ、芸術療法の利点は、患者さんが楽しめることと、治療の方向性が患者さん自身にも自覚されて、自立性が高まるという点だと思います。
治療においては、患者さんが自分の問題を把握し、理解し、取り組むという、自発的な姿勢が欠かせません。
そういう意味で、現代医学は、医療者側しか理解できない言葉を使い、治療の主導を医療者側が持ってしまうことで、患者さんに自分で取り組むという姿勢を失わせてしまっているのかもしれません。
しかし、その人のことはその人自身にしか本当にはわからないし、その人が最終的に自分で考え、行うことが一番力になります。芸術療法は、その人が自分の病気に対して自分で向き合う力を取り戻すためのひとつの方法になると思いました。
その他にも彫塑や音楽療法の部屋があって、それぞれの療法士さんたちは治療チームの一員として働き、カンファレンスにも参加します。
もし精神科で行うとしたら、絵画は色で表現するので、うつ病など感情を抑圧する傾向の人に、彫塑は自分の独自の形を作っていくので、依存症や摂食障害などの衝動のコントロールが難しい人に、音楽はセラピストと音で会話するような言語的な要素があるので、発達障害圏の子にいいのではないかな、などと思いました。
ちなみにこれらの治療には保険が適応されます。
院長のHarald Matthes先生に聞いたところ、心身医療科では、複数の施設において、うつ病の患者さんを対象に400人規模の研究をしました。SSRI(抗うつ薬の1種)による薬物療法のみのグループと、芸術療法(週10コマ)を併用したグループにわけ、予後調査をして、コストと有効性を調べたところ、芸術療法群が優れた結果を得たとのことで、保険適用されたということでした。SSRIというのは割に値段が高い薬なので、長期に服用するとコストはかさみます。そのため、こういう結果になったのかもしれません。
日本ではなかなか難しそうですが、一つの可能性として考えていきたい選択肢ではあります。