コラム」カテゴリーアーカイブ

ロックで読み解く貧困 (3) 尊厳の貧困 – Aerosmith “Janie’s got a gun”

感情的に不安定で、自分というものの感覚を持てない。いつも自信がなく、他者もしくは場の空気を読み、自分を抑圧しながら、時にその怒りや苦しさを反動で噴出させる。怒りや苦しさを自覚できればいいけれど、それを感じてはいけない、と思うと、その場から「いなくなる」。肉体はそこにいながら、意識はそこにいることをやめて、「抜けてしまう」こと。その時空間に存在することをやめてしまう、それが解離という現象である。
自分自身を振り返ると、幼少期は土も緑もない東京の下町で、閉塞的な空間と人間関係と価値観の中で、喘息発作でいつも疲れており、そこから抜けたくて進学校に進んで医者になったものの、常に自分自身の価値観や欲求とは違う振る舞いと共感と自己犠牲を公的にも私的にも要請され(ていると思い込み)、やはりずっと疲れていた。そうして記憶がいつもくすんでいるというか、よく覚えられなくなった。今振り返ると軽く解離していたような気がする。不惑を越えてようやく、人間には断る権利と表現する権利、共感「しない」権利、自分のしたいことを行為する権利があると腑に落ちた。そうすると、今まではなにやってたんだろうという気持ちとともに、今までとらわれていた数々の苦痛が急に現実感がなく、それらは本当にあったのだろうかという風に感じたりもする。ひとの記憶のリアリティは本来はそんなものなのだろう。現在の感情に多分に修飾されていて、その強さによってリアリティを感じたり感じなかったりする。
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自動化する権力装置とそれを止める個人の声。「それはホロコーストの”リハーサル”だった ~障害者虐殺70年目の真実~」を観た。

今観ていました。以下長文です。

http://www.nhk.or.jp/etv21c/archive

いわゆるT4作戦の歩んだ過程。本当は明文化された法律を持たなかったのにもかかわらず、医療者が優生学を社会のためと信じ、権力者の意向を「忖度」した結果、精神障害者虐殺を肯定し遂行するシステムが作られ、その後は自動的に行われていったこと。

ドイツ精神医学会が正式に認めたのが2010年のことなんですね。しかもその経緯の調査を歴史家に依頼している。

ド イツという国で面白いと思うのは、根底では常に理想主義をドライブとして動いているように思います。優生学もある種の理想主義から信じられていた。「私た ちの子孫に苦しみの遺伝子を残さないこと。治らない病気で苦しむ患者に救済を与えること。社会にこれらの人たちを扶養する経済的負担をこれ以上与えないこ と」手段として正当化されました。一見理があるようにも聞こえるこの言葉。

そしてそれを打ち破るのもまた別の理 想主義だった。ドイツ中西部の都市ミュンスター。信者の家族が殺されているらしいという話を聞いた、司教フォン・ガーレンは、1941年8月3日の説教で 安楽死政策を、「これは単に殺人ではないか」と公然と批判。「非生産的な人たちを殺してよいとするなら、私たちも老いたときに殺されるであろう」という説 教を行いました。これが相当な名文だったようで、他の司教たちが手で書き写し、あっという間に広がった(かつwikipediaでは、連合国軍がビラでば らまいたとのこと)。世間の風向きも変わり、わずか3週後の8月24日にT4作戦は中止となりました。
しかし移送と殺戮のシステムの流れが自動化してできあがった結果、なんと自主的に続ける医療者がいたのは驚き。玉音放送後の特攻を思い出しました。そしてこのときできあがったシステムは、ユダヤの人々のホロコーストにもつながった。

私 は集団の意志決定がどう失敗するのか、ということに興味を持っているのですが、市民が権力者の意向を理想主義的に読みかえ、「忖度」して従っていくことで こういう悲劇の連鎖が自動装置化していく、ところまでは、なんとなくそうなのかなと思っていました。しかしその流れを止めるきっかけが、別の権力装置では なくて、ローマ教皇庁の意向も汲んだ司教とはいえ個人から発された声であり、人々の胸に響く言葉で語られた結果、言葉自体が「感染」するように伝わって いった、ということがとても興味深い。「遺伝子、経済、コスト」といったcountableな尺度だけで作られた一見盤石にみえる理想を、いつか淘汰され る立場に立つ、同じ人間としての感情から発された疑問が揺らがせる。

「ナチス政権でさえ、世論は気にしていたのです」と調査にあたった歴史家。

言葉は発された瞬間に生命を持ちます。それはもう語った人の手を離れ、独自に動き出す。だから言葉は生きたものを放ちたい。

そして「人間の価値を(短期的な)コストで判断し、存在してよいかを決める」というのは今の社会や政治も構造的に似たようなことになっていないかと考えさせられました。

私が「私」に戻るとき

  
2013年の後半に読んだ本の中で、もっとも感銘を受けた本、それが「もう独りにしないで―解離を背景にもつ精神科医の摂食障害からの回復」(まさきまほこ、星和書店)だ。
当事者視点からの個人史はたくさんある。だが、この本の出色な点は、幼少時の被虐待当事者としての半生の追体験と、治療者の観点から自身の回復過程の詳細な分析が並列していることだ。学生時代から幼少時へ、急に飛んだりする回想部分。リアリティのある解離と摂食障害の体験と治療者としての明晰な視点。この本の構成自体が、彼女の解離の構造のようにも思えてくる。
解離とは、過去のストレス場面が急に想起され、恐怖反応が起きたり、記憶が途切れてしまう状態である。「私」が一貫した私でいられなくなる。結局のところ、精神科外来に来る人たちは、自分を見失った人たちである。こころを病むのは、私が私ではないものを消化し、乗り越えきれなかった結果であると思う。
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問うや問わずや、人生の意味

前回、依存症のことを書いた。依存症の自己治療仮説について紹介し、「薬物はあなたに何をもたらしてくれましたか?」と問うことが治療において重要な問いであることを紹介した。つまり、薬物を使っていた「意味」について問うということである。
「意味」について問うということについて考えていたら、私が若年アルコール依存症者のプログラムを担当していたときに出会った、対照的なふたりを思い出した。
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依存するからだ、依存できないこころ

  
 「人はなぜ依存症になるのかー自己治療としてのアディクション」(星和書店)を読んだ。アメリカの薬物依存症治療のエキスパートであるカンツィアンらの原著を、日本における第一人者である松本俊彦先生が翻訳したものである。
 この本では、「薬物依存症は感情的苦痛を和らげるための自己治療の試みである」という「自己治療仮説」について述べられている。
 私が興味をもって読んだのは、彼らは快楽追求のためというよりはむしろ、感情的苦痛を和らげるために、薬物を「選択」して使用している、ということであった。たとえば攻撃性と怒りの感情が激しい人はヘロインなどのオピエートを好んで使用する。ひりひりするような怒りを何とかコントロールして、人間関係を丸く収めようとする。アルコールを好む人は、不安が強く、対人緊張を和らげ快活な自分を演出するために飲酒する。もともとうつ病や不安障害、ADHDなどの精神障害が併存している人も、一定の割合で存在する。ここには、「精神的問題への対処としての、死にものぐるいの自助努力」としての薬物依存症の像がみえてくる。

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