天へ向かう魂のための祈りの言葉

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死者のための祈り

あなたを取り巻く熱さを和らげ

冷たさをしのぐことが出来るよう

今、私の愛が自らを捧げて

あなたを包み込みますように!

愛に担われ、光を受けて

どうぞ高みへと向かってください!

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日々戦争で失われてゆく命へ当時向けられたシュタイナーによる祈りです。

今回の震災では判明しているだけでもすでに1万人を越える方が亡くなっています。こうしたものを提示するのに私が相応しい者であるか、私の訳が相応しいものであるかは分かりませんが、亡くなった多くの方のためにも今何かをと思っていらっしゃる方のためにあえてご紹介させていただきました。地上を去られた多くの霊魂に対して助けとなる捧げものであると確信しています。拙訳ですが、少しでも多くの祈りにつながるのであれば複写転載などご自由になさっていただいて結構です。

伊藤壽浩

アントロポゾフィー・フォーラム/未曾有の災害という運命に向き合うための情報と意見交換の場 より引用

http://noharajp.net/openforum/article/58

病気の中の「動き」 ~ Berlin・Havelhoehe病院の芸術療法

去年(2010年)の9月にベルリンへ病院見学に行きました。

Gemeinschaftskrankenhaus Havelhoehe

http://www.krankenhaus-havelhoehe.de/

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(↑病院の看板かと思ったら工事のお知らせでした・・・)

ブログに見学記を書こうかと思っていたのですが、うまくまとめることができなくて、何となくそのままになっていました。でもせっかく見学したので、書いたほうがいいかなと思いました。

Gemeinschaftの意味は、「共同作業の場」というような意味です。

ここでは医師と看護師、薬剤師などのコメディカルスタッフの他に、心理療法士、芸術療法士が主要なスタッフとして勤務しています。スタッフが各自の専門領域における力を結集して、対等に協力して治療に当たる、という意味を込めているようです。

ハーフェルヘーエ病院は、内科(一般内科・消化器・循環器・呼吸器・甲状腺etc)、心身医療科(psychosomatic medicine)、腫瘍科(Oncology)、外科、産婦人科、麻酔科等からなる総合病院です。特に癌の治療と心身医療に力を入れています。

この病院の特徴は、現代医学的な診断と治療に加えて、アントロポゾフィー医学の治療を取り入れている、ということです。

ベルリン郊外にあるこの病院は元々は普通の市民病院でしたが、1995年に経営がベルリン市の非営利事業の部門に委託されました。医療機関の機能的な配置計画の一部だったようです。このときに新しい試みとして、アントロポゾフィー医学による治療が導入されました。

アントロポゾフィー医学は、人智学を創始したルドルフ・シュタイナーと医師イタ・ヴェークマンにより体系化された医学です。80年余りの歴史があり、スイス・ドイツを中心にヨーロッパで発展しています。自然療法的な医薬品による治療と、湿布やリズミカルマッサージなどの看護法、そして芸術療法からなります。

芸術療法には、絵画療法、音楽療法、粘土による彫塑(ちょうそ)、オイリュトミー(動きによる治療。繊細な体操のような感じ)などがあります。

心身医療科の患者さんだけでなく、内科や腫瘍科に入院した患者さんたちも芸術療法を行います。創作に取り組むときに、患者さんの中にある自発的な力があらわれてくる、という考えからです。

病棟内は患者さんたちがいるのでなかなか撮るのが難しかったのですが、絵画療法の部屋はこんな感じ。燦々と陽の入る、うらやましい美しい部屋。

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絵画療法について、アートセラピストが説明してくれました。

下の写真の右列は、バセドウ病(甲状腺ホルモンが過剰になる自己免疫疾患)の患者さんの絵画です。

一番上が治療開始時。花を描いた水彩画ですが、輪郭がはっきりせず、色がにじむようなような感じになっています。

アートセラピストによれば、バセドウ病の患者さんはこういうにじんで広がっていくような感じの絵をよく描くそう。甲状腺ホルモンが過剰になると、動悸や発汗、疲れやすさ、不安などの症状が出ますが、症状が重い時の患者さんを実際みると、皮膚がじわっと汗ばみ、水分や何かが「漏れ出ていく」ような感じがします。ので、このように輪郭がにじんで、「漏れ出ていく」ような絵を描くのはなんとなく腑におちます。

そのため、絵画療法での治療は「(漏れ出ないよう)境界をつくる」練習をします。

その過程が下に。下2つはフォルメンといって、形を描く練習です。これを繰り返し描く練習をすることによって、形が意識され、線がはっきりしてきます。その後の水彩が上から2枚目で、最初の絵より、花の丸い形がしっかりと描かれ、輪郭がはっきりしてきています。

このバセドウ病の患者さんの場合は「境界をつくる」という目的で、絵を練習していきました。

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下右列は、呼吸器疾患(COPD:慢性閉塞性肺疾患だったと思います)の患者さんの絵です。

一番上が、絵画療法開始時の絵です。色々な色が混じり合ってまだら状におかれていて、ちょっと固い感じがします。バセドウ病の患者さんのじわっと溶けるような絵とくらべると違いがわかると思います。表現が適当かはわかりませんが、私はCOPDの人の粘りのある痰の感じを思い出しました。

この患者さんの場合は、逆に輪郭ははっきり引かずにグラデーションで色を変化させ、絵全体を調和させる練習をします。その成果が下の4枚です。徐々に色の濃淡をつけていき、隣り合う色がやわらかく溶けあいながら移行するようにします。固くなった肺が、ふたたび柔軟さを取り戻し、風船を膨らますようになめらかな呼吸ができるように、というイメージです。

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治療の方向性は、疾患というより個々の患者さんに合わせて決定されます。

しかし、疾患ごとに特徴のようなものが絵にもあらわれていて、面白いです。

病気の中にある「動き」が、患者さんの精神的にも、身体的にも、表現の中にも、あらわれてくる、という考えの上に、芸術療法は考えられています。

もちろん、芸術療法だけで病気が治るわけではありません。現代医学の治療もあわせて行います。

ただ、芸術療法の利点は、患者さんが楽しめることと、治療の方向性が患者さん自身にも自覚されて、自立性が高まるという点だと思います。

治療においては、患者さんが自分の問題を把握し、理解し、取り組むという、自発的な姿勢が欠かせません。

そういう意味で、現代医学は、医療者側しか理解できない言葉を使い、治療の主導を医療者側が持ってしまうことで、患者さんに自分で取り組むという姿勢を失わせてしまっているのかもしれません。

しかし、その人のことはその人自身にしか本当にはわからないし、その人が最終的に自分で考え、行うことが一番力になります。芸術療法は、その人が自分の病気に対して自分で向き合う力を取り戻すためのひとつの方法になると思いました。

その他にも彫塑や音楽療法の部屋があって、それぞれの療法士さんたちは治療チームの一員として働き、カンファレンスにも参加します。

もし精神科で行うとしたら、絵画は色で表現するので、うつ病など感情を抑圧する傾向の人に、彫塑は自分の独自の形を作っていくので、依存症や摂食障害などの衝動のコントロールが難しい人に、音楽はセラピストと音で会話するような言語的な要素があるので、発達障害圏の子にいいのではないかな、などと思いました。

ちなみにこれらの治療には保険が適応されます。

院長のHarald Matthes先生に聞いたところ、心身医療科では、複数の施設において、うつ病の患者さんを対象に400人規模の研究をしました。SSRI(抗うつ薬の1種)による薬物療法のみのグループと、芸術療法(週10コマ)を併用したグループにわけ、予後調査をして、コストと有効性を調べたところ、芸術療法群が優れた結果を得たとのことで、保険適用されたということでした。SSRIというのは割に値段が高い薬なので、長期に服用するとコストはかさみます。そのため、こういう結果になったのかもしれません。

日本ではなかなか難しそうですが、一つの可能性として考えていきたい選択肢ではあります。

ヤドリギ製剤の話

緩和ケアの先生と偶然お話する機会を得た。

違う分野で働いている方から、新しい視点のお話を聴けることはいつもうれしい。今回も予想以上に深い話合いができたのだけれど、その中で「緩和ケア病棟では、ここに来なければ受けられない、という治療はむしろしないようにしている」ということをおっしゃっていたのが印象的だった。

緩和ケアに来ればこういう特別なケアもしくは治療が受けられる、というのはそぐわない気がする、ということだった。特に、物質的治療は金銭的価値と結びつきやすいので、余分なお金を払えばこの治療が受けられますよ、というのはどうかと思う、とのことだった。とても納得のいく姿勢だと思った。

という話を聞きながら、ヨーロッパでは治療と緩和ケアの両方において、がんに対して選択肢になるひとつの薬剤があって、話題に出してみた。ヤドリギ(Misteltoe)である。

ヤドリギ製剤は、ヨーロッパではがん治療におけるわりとメジャーな補完代替療法(Complementary-Alternative Medicine ; CAM)である。イスカドール(Iscador, Weleda)とアブノーバ(Abnoba, WALA)の2剤で、標準的には皮下注射で使用する。ヨーロッパでは患者さんの自己注射が認められているので、週3回程度皮下注射する。

単独で使うというより、抗がん剤や化学療法とともに平行して使用される。ヤドリギ製剤を使うと、体温の上昇、免疫力の向上、全身状態やうつなどの精神症状の改善などに加えて、これらの治療の副作用も緩和する作用があるらしい。以前にポーランドのドクターに聞いたところ、痛みの緩和作用もあるので、自分の患者さんは消炎鎮痛薬(NSAIDS)だけで、モルヒネを使うところまであまりいかない、とのことだった。

ちなみにドイツでは保険適応になっている。臨床研究を行って、治療効果と、対費用効果が把握されている。ヤドリギ製剤のコストは高くない。ヤドリギの栽培は簡単だし、精製して製剤化する行程も簡素だから、新薬開発のコスト(たとえばこんな問題もある。ちょうど今日放送)と比べると比較にならないくらい低い。

なぜがんにヤドリギなのか?実は、この製剤が生まれた背景は、ちょっと不思議だったりする。

ヤドリギは寄生植物である。自力では土に生えることができず、他の木(松や白樺、りんごなど)の枝に芽吹いて、およそ木らしくないマリモのような丸い形をつくる。その構造は単純で、2枚の楕円形の葉が双葉のように対に連なっている。そして匂いも鮮やかな色もない、芽のような緑の地味な花をつける。

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ある意味、花も葉もあまりそれらしくなく、未分化なままのかたちをしている。また、他の木から栄養を横取りして、塊をつくっていく。この様子ががんに似ている、というところから、この薬が「思いつかれた」。ただヤドリギはがんと違って宿主を枯らすことはなく、共存する。

白樺に寄生したヤドリギの写真を撮った。2年前の5月の長野。なんだか転移巣とかに見えなくない。

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ヤドリギ製剤の立ち位置を考えると、それもまたヤドリギ的である気がする。基本的には単独では使われることはなく、主役になるわけではない。現代医学の治療を、補助するものとして使われる。メジャーな治療と対立するのではなく、”寄生”して自分の立ち位置を活かす。

補完代替療法(CAM)は、私は補完療法(Complementary Medicine)と呼ぶほうが立ち位置として的確ではないかと思う。代替療法(Alternative Medicine)という呼び名はもともと「代わりとなる」選択肢、という意味であったと思うが、最近は「現代医学にとって替わる」ものと誤解されることがある。私自身もCAM的手段を使うことがあるが、病気の治療において、現代医学の治療なしにCAMだけにしたほうがよい、という場合はあまりないな、というのが正直な実感。何しろ、医学はどんどん進歩している。自分が卒業した12年前と比べても、格段に薬も手法もよくなっている。不足しているとすれば、治すことばかりに目が行き、ケアを支える手段が少ないことか。これは保険の配分も含めて。

しかしよく考えてみると、CAM、という名前は言外に「保険適用外」という意味を含むので、ヤドリギ製剤のように一応データがあり保険が適用されていると、他の現代医学の治療の選択肢とあまり違わなく見えてもくる。

もし広告のように、「ヤドリギ製剤でがんは治る」と言ったらそれは全く間違いである。しかし「抗がん剤でがんは治る」と言っても、それも間違いである。どちらも選択肢の一つであり、どちらも限界があるからこそ、併用して、互いの欠点を補い、長所を引き出す、という相互作用が行われたらいいように思う。人間関係みたいに。

補足1:

お会いしたDr. Takuya先生がブログにご感想を書いてくださいました。

ヤドリギの話し

http://drpolan.cocolog-nifty.com/blog/2011/01/post-939e.html

補足2:臨床研究のデータです。

★ がんへのヤドリギ製剤の効果のCochrane Review

http://onlinelibrary.wiley.com/o/cochrane/clsysrev/articles/CD003297/frame.html

有用性が出ているが、追試がもっと必要であるという結論。

★ ヤドリギ製剤(イスカドール)の臨床研究論文集

http://www.iscador.com/clinical-studies/index.aspx

木をギターに生まれ変わらせる方法

前回の書評からのつながりで。

「最高齢プロフェッショナルの教え」に出てきたヤイリギター。個人的にはこの矢入一男さんの話がこの本の中で一番面白かった。木材の乾燥に数年、1本のギターを作るのに半年から1年をかけるという。非効率だからこそ、最高の音で鳴る楽器ができる、と矢入さん。

以下、面白いと思った矢入語録。本からの引用。

「木は、同じ名前、同じ厚み、同じ寸法でも人間と一緒で性質がばらばらです。こういうものに接するにはコンピュータでは無理。人間が持っている”勘ピュータ”だけが頼りです。」

「人の役になんて、立たんでもいいやん。それよりも、人に絶対迷惑をかけんこと、面白いことをするほうが先です。そんな簡単に、人の役になんか立てるもんか。」

「なぜこの仕事をやめられないかって、チャレンジすることが楽しいからです。」

「苦労なんて、私の人生にはないんだよ。さっきから言っているように、好きでやってきたことなんで。」

ヤイリギターでは、組み立て完成後に3ヶ月間、品質管理室で24時間音楽を聴かせるという。この行程を行うと、鳴る音がよくなるとのこと。矢入さんはこの時間を「天使が宿る時間」と呼んでいる。いかにも職人気質といった矢入さんから、「天使」というファンタスティックな言葉が出てくるのは何だか微笑ましい。でも実際にギターを作り続けている職人から見たら、「天使が宿る時間」としか表現できないような、質の上がる不思議なプロセスなのだろうと思う。

これを精神論とかまじないの類と考える人もいると思うけれど、それだけでなく、合理的な行程でもあるのではないかと私は思う。ギターになる前の樹木は音楽なんて「聴いた」ことのない、森のただの「木」だったわけで、それが「ギター」になるためには何らかの変化をとげる必要がある。

私は詳しくないけれども、オーディオもエイジングということをしたりする。新しいオーディオ機器を使うときに、音楽を鳴らし続けて、機械を慣らし運転のように音に「なじませる」と、良い音で鳴るようになるという。(賛否両論あるようではあるが。kyupin先生のblogにも記事がありました。守備範囲広い・・・)

音は波動なので、形をつくる力がある。ドラムの上に粉状のものをおいて、叩くと万華鏡のように波の模様ができる。できたばかりのギターに音を聴かせ続ければ、木の中の微細な分子構造が、音になじんだ構造に変わってくることもありうるのではないかと思った。

ここから脱線して、さらに想像を拡げてみる。人間も、ある意味、日々音により「エイジング」されているのかもしれない。

人間にとって一番大事な音は、人の話す言葉だろうと思う。さまざまな人の声の周波数や、単語のもつ音、感情の抑揚、文の長さやリズムなどを、私たちは日々聴いている。

美しい言葉と優しい抑揚で話す人に囲まれているのと、とげのある言葉、乱暴な感情のトーンがあふれた環境にいるのでは、その人の内面だけでなく身体も変わってくる可能性があるかもしれない、などと思った。

自分の発する言葉が日々誰かに影響を与えているとするなら、なるべくきれいな言葉を簡潔に話したい。繰り返し音楽を聴かせ続けた木がギターに生まれ変わるように、ずっとその努力をしていれば、何かが変わってくるのかもしれない。

音楽は心の余裕や欲求がないと聴けないと思っていたけれども、ヤイリギターの話を読んでから、良質だと思う音楽をいつもかけるようにした。自分の耳と身体がエイジングされていくといいなと、願ったりしている。

最高齢プロフェッショナルの教え

最高齢プロフェッショナルの教え

好きが先か、打ち込むが先か? 書評ー「最高齢プロフェッショナルの教え」

最高齢プロフェッショナルの教え

最高齢プロフェッショナルの教え

13歳以上90歳未満のすべての人におすすめしたい本。

特に就活・求職・休職中の若者に。

敬意を評してお名前とご職業を列挙してみます。目次から。敬称略。

91歳 「漫画家」やなせたかし

88歳 「パイロット」高橋淳

78歳 「ギター職人」矢入一男

96歳 「喫茶店店主」関口一郎

85歳 「落語家」桂米丸

83歳 「ライフセーバー」本間錦

93歳 「スキーヤー」高橋巌夫

89歳 「ピアニスト」室井摩耶子

82歳 「花火職人」小口昭三

84歳 「杜氏」継枝邑

90歳 「DJ」安藤延夫

84歳 「バーテンダー」山下達郎

51歳 「JRA騎手」安藤光彰

83歳 「洋樽職人」斎藤光雄

103歳 「声楽家」嘉納愛子

小飼さんも書いていましたが、まず肖像写真がすばらしい。

アラーキーが「男の顔面は女のヌードと同じ」という名言とともに「男の顔面」という写真集を出してたことを思い出しました。

この方々の表情をみると、年を重ねるにつれ、どういう姿勢で生きてきたのかが顔に刻まれるということが如実に伝わります。

この方たちの特徴を色々抽出してみました。

「好きを仕事に”した”人」

  ー パイロット、ギター職人、落語家、ピアニスト、JRA騎手、声楽家

「好きが仕事に”なった”人」

  ー ライフセーバー、スキーヤー、喫茶店店主、DJ

「やってみたら好きだった人」

  ー 洋樽職人、花火職人

「好きというほどでもないがただ打ち込んだ人」

  ー バーテンダー、杜氏、漫画家

バーテンダーの山崎さんは本当は医師になりたかったのに、戦後の混乱で断念。仕方なく駐留軍相手のバーテンダーの仕事について続けて65年。しかもお酒が飲めない、というのがすごい。

「それが好きで仕事に選んだ人」

  ー パイロット、落語家、ピアニスト、声楽家

「家業、もしくは家族の縁」

  ー ギター職人、JRA騎手、花火職人、洋樽職人

「なりゆき上」

  ー 漫画家、喫茶店店主、ライフセーバー、スキーヤー、杜氏、DJ

さすがにアーティスト系の方は好きで続けた人が多いけれど、その仕事とめぐりあったきっかけで案外多いのが「なりゆき上」。 

戦後の混乱の中で、希望の職を断念してついた仕事や、前職がうまくいかず始めたことなどが天職になったりしていることが意外に多い印象。時代背景もあるのでしょうが、案外「好きだから続けられた」というより「続けるために工夫を重ね、好きになった」という感じもあり。

「前職なし、ひとすじ」

  ー パイロット、ギター職人、落語家、ピアニスト、声楽家、JRA騎手、洋樽職人、花火職人

「前職あり」

  ー 漫画家、喫茶店店主、スキーヤー、杜氏、DJ、バーテンダー

「かけもち」

  ー ライフセーバー(電力関係)、スキーヤー(音楽プロデューサー)

ひとすじの方も多いのですが、前職ありの方々も結構いらっしゃいます。

「カフェ・ド・ランブル」店主の関口さんも、このお年で早稲田大学理工学部卒。当時ならエリート中のエリートです。でも戦後起こした映画機材会社でお金を持ち逃げされて倒産、その借金返済のために始めたコーヒー店が評判になり、工夫を重ねるうちに96歳。凄いです。

「今も納得していない、死ぬまで向上したい」ー 全員

ひとりひとりの言葉が珠玉なのですが、全員に共通するのが、向上心が並でないこと。とにかく妥協しない。研究し続けて、少しでももっといいものを、と工夫をやめない。

この方たち(騎手の安藤さんはちょっとお若いですが)の人生を見ると、「会社員で一生つとめあげて定年」という労働モデルは、戦前戦後から現代まで決してスタンダードというわけではなかったのでは、と思いました。好きを仕事にした人も、右肩上がりの良い時代だったからそれを続けられたわけではなさそうです。向上のための勇気がたえまなく彼らを突き動かして、不安になっている暇もない、といった感じ。

「向上心」と「欲」は表裏一体なのだろうと思います。細い尾根道みたいなもので、向上心が、あるとき欲に転んで転落してしまったりする。でも彼らはその紙一枚のような尾根道を、「面白い!」という思いを原動力にして、人への信頼というバランス棒でバランスをとりながら、今も軽々進んでいっているという感じがします。

来たるべき超高齢化社会には、「カッコいい年寄り」のロールモデルが必要。まさにそんな「カッコよすぎる人々」が満載の本。こんな感じで年をとれるなら、超長生きしたい、そんな風に思えます。

男の顔面

男の顔面