病と創造性の間ー草間彌生展

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草間彌生展「永遠の永遠の永遠 Eternity of Eternal Eternity」を観てきた。

草間彌生を初めてみたのは1993年に世田谷美術館でやっていた「アウトサイダー・アート展」で、 大学1年のときだった。
系統だった美術の教育を受けていない、あるいは精神疾患を持った人の作品展で、ほとんどが海外作家だったけれど、数少ない日本の作家として紹介されていた。シュヴァルの理想宮も、ここで初めて複製を観た。

この展覧会を観て、いたく衝撃を受け、当時私の大学にいた美術評論家、若桑みどり先生の現代美術のゼミ形式の講義で、アウトサイダー・アートについて発表した。
そのときに、若桑先生から「あなたは精神科医になるべきです」と言われた。私はそのときは精神科志望ではなかったが、その言葉がどこかに残っていたのかもしれない。ふらふらと精神科に進んだ。

研修医になって、新宿のある精神科病院で講義を受けたが、あとで草間彌生が治療を受けている病院と知った。上の先生に「草間が通っている病院に行きましたよ」といったら「通っているんじゃない、住んでいるんだよ」と言われて、その時は冗談だと思っていた。
数年後に、彼女はほんとうにその病院に住んでいて、病室からアトリエに通っていると知った。

草間彌生といえば、水玉もしくはファロスをかたどった柔らかな彫刻が有名だけど、あの水玉は、私は細胞に見える。
http://www.yayoi-kusama.jp/j/information/index.html

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今回の草間展ではモノトーンの線描で構成された「愛のとこしえ」シリーズが印象的。
ときどき、この人は体内の光景をヴィジョンで観ているのじゃないかと思うことがある。

これなんか、アスペルギルスっぽい。

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またこれは、筋肉の細胞っぽく見える。草間は目というけれど、細胞とその中央の核に見えたりもする。

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幼い頃から幻覚に悩まされた草間。「私はどこの精神科でも不安神経症、強迫神経症、っていわれたわ。ずっと自殺願望に苦しんできた。絵がなかったら、とっくの昔に自殺してた。絵を描くことで生きられたの」。
「ひとりではいられないの。妄想がいっぱい出てきちゃうから」と語る草間は今も、病室に住んでいる。
近くのアトリエへの行き帰りはスタッフがつきそい、製作はナースとアシスタントが支え、世界のマーケットでの価格は画商が管理する。
羽のように繊細なこの人は、83歳のいまも少女のように、さまざまな人によって現実から護られて創作を続ける。生きるために描くしかない切実さ。休むことなく湧き出てくる創造衝動は、それが表現に向けられなかったら、病気の方向に一気に向かわせる力になるのではないか。それが封じられたら、ほんとうにこの人は死んでしまうんだろうなと思う。

今回の展覧会にあった、10mの巨大なヤヨイちゃん。ヤヨイちゃんの背部には空気を入れるホースがついていた。絶えず周囲から風を送りこまれて、ヤヨイちゃんは支えられている。
草間彌生の作品を観るたびに、生きること、病むこと、死ぬことと創造性の関係性をいつも考える。それらの距離は思ったより曖昧で近いような気がしている。

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参考)「わたし大好き」
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「世界が私を待っている・前衛芸術家草間彌生の疾走」

病と創造性の間ー草間彌生展」への1件のフィードバック

  1. miyoshi

    先日、長野県松本市へ旅行がてら草間彌生展を観てきました。以前から草間さんの絵が好きだった私は、あのお年にして病気を抱えながら(あるいは病気だからこそでしょうか)年間100作品以上を生み出す彼女の姿に感動し、現在の様子が気になりネットで彼女のことを調べているうちに先生のホームページに辿り着きました。そして、びっくり!先生はもう覚えていらっしゃらないかもしませんが、2007年に某病院の総合心療内科で私が研修医時代にお世話になった先生ではありませんか。研修医になって初めて回った科であり、先生ともう一人の大好きだった女医先生に大変お世話になり、とても楽しかったあの時期を思い出し、単純に嬉しくてコメントを残させて頂いてしまいました。先生はまた精神科に戻られたのですね。そして、とても素敵なホームページですね。また、お邪魔させて頂きます。

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