声をあげる。というか、声をのこす。

コロナ禍の中、案の上、というか意外にも、先日のサンデーソングブックの達郎の発言が誤解されて、というか利用されていたので一言書き残しておきたい。

山下達郎「今、一番必要なのは団結」 ラジオを初めてテレワーク収録 リクエストもハガキからメールに

この日、いつもわりと毒舌だがこんなに怒っている達郎は初めて聴いた、と思うくらい、達郎は怒っていて、自分はいつも政治的なことにはあえて明言していないが、今回は怒りを禁じ得ません、と滔々と、でも淡々と、寄稿を朗読するようなステートメントを行った。その上での記事のコメントだったのだけど、ここだけ切り取ると見事に大政翼賛的なものにおさまるように見えてしまう。
でも私が昨日聴いて受け取ったものは、生きること、みんなが生き延びることに心を向けよう、だったんですよね。なんなら「ほんとうに怒りを向けるべき先に対して」もっと怒れ、くらいの。
でもたぶん、字面にしたり編集すれば、たぶんその文脈や思いや感情が切り捨てられて、「団結しよう」「批判はやめよう」「プロパガンダはやめよう」というイデオロギーに利用されていく。

こういうあり方がまさにViral。そういう世からpandemic virusが出てきたのも納得する。
普段達郎の音楽も聴かないしこれからもクリスマス・イブしか聴かない人たちなんだと思います。それはその人口の方が多いから仕方ないが。

ご本人は「いつものことです。いちいち気にしてたらきりがありません。言いたい人には言わせておけばいいんです」と言いそうです。いつものごとく。

こういうときつい比べたくなってしまうのが震災以来のイトイ的なものです↓ 

余談だが、糸井さん本人を責めるつもりはない(ほぼ日だって嫌いではない)けれど、イトイ的な価値は、やはり80年代日本がイケイケだった時代感から出ていける力を持たなかったのかなと思ってしまう。あのときだって世界には冷戦があり、中東で紛争があり、チェルノブイリ原発事故があったのだが。でも、インターネットもSNSもなく、見ないふりができて、あくまで遠い世界のことだった。ほぼ日周辺が、震災の「津波の」被害の地域では復興に活躍されたのは存じています。でも、やっぱり基本、「悲劇に見舞われたけど、手をとりあい頑張る」ことで元に戻れる、または元以上の価値を産めるような状況でしか機能しない価値だったんではないかと思ってしまいます。福島の浜通りのような、どう頑張っても分断が起こってしまうような、そういうところで「まあまあ」とか「ほっこり」一辺倒で突破することはもはやできない。福島に関わろうとしたのは糸井さんの良心からだと思うけれども、でも無理があった。怒りを抑圧した「ほっこり」で黙らせるのではなくて、理不尽や差別への怒りを自覚しながらも、怒りが分断を助長するおそれに気づきながらも、行為へのエネルギーに変えて、ひとつひとつ行為に変えられたらと思う。言うは易しで、難しいけど。

達郎のコメントも、書き起こしの字面だけ見ると、イトイ的な「批判はやめよう。みんな頑張っているんだから」というありかたと変わらないじゃないか、っていうのは今日Twitterで見てわかる気がしたけれども、震災以来の発言や行為の文脈が、イトイ的なものと全然違うと思う。
震災の年に出した、「Ray of Hope」というアルバム、達郎が作っていたのはそれまでどこか生活感がほどよく脱臭されたポップだったのが、年齢を重ねて、世代間で受け渡されていく人間の営みや業のようなもの、その合間をつなぐかすかな光のように差し込む希望がテーマの曲たちを作った。彼は音楽家としての規は超えず、でもその中に最大限の悲しみや怒りや、励ましのような気持ちを込めた曲に変えていった。
音楽家は書き起こしの字面以上に、言葉に感情や抑揚を乗せているし、報道に書かれていない前半の部分では、たくさんの怒りと悲しみを表現していた。彼自身、大きな打撃を受けている音楽業界の人であり、築き上げてきた関係のある、大切なスタッフを失うかもしれないという中にある。

文字情報だけでは見えないものがある。エビデンスだってどういう状況と背景と意図で取られたものかはかなり大きく結果と解釈に作用するけど、それは可能な限り切り捨てられて、展開図として並びます。展開図から書き起こして立体にするのは、人間の想像力です。音楽の楽譜と同じく。各パートの譜面を完璧に書き起こして並べても音楽にはならない。でもそれが音楽そのもののように、人間そのもののように語られる、私たちはそういう時代に生きています。

感じた怒りを、しつこくここにも残しておく。結局私たちには、見えないところであっても残しておくしかできないのです。結局擁護してくれるのは、長く知っている人、声をあげてくれる人だけで、黙っていればdeleteされるだけ。
ちなみにまだ冷戦のさなかの1986年、達郎は「WAR SONG」という曲を作っている。大好きな曲だけれど、これが好きというファンの声は聴いたことがないなー。

We just gotta get up right now !
We must save this world somehow.